伊奈備前守忠次友の会

 

伊奈備前守忠次とは

伊奈備前守忠次とは
 
江戸時代の偉人 伊奈備前守忠次公をご存知ですか?
♦わが伊奈町の伊奈は忠次公の名前をいただき名付けられました!!
忠次公は、1550年に三河の国に生まれ幼少のころから人並みはずれた秀才で、志も大きく33歳で徳川家康に仕え治水、土木、開田等に力を発揮し徳川家の財政の安定に大きな貢献をしました。1590年徳川家康の関東入国後は武州小室、鴻巣領1万3千石(1万石とも)を与えられ、小室郷(小室字丸の内)に陣屋を構え代官頭(後の関東郡代)として関八州(上野、下野、常陸、安房、上総、下総、相模、武蔵)の天領(幕府直轄地)を治め大きな功績を挙げました。忠次公は後に従五位下備前守に任じられています。 
※上野(こうずけ)は群馬、下野(しもつけ)は栃木、常陸(ひたち)は茨城、安房(あわ)上総(かずさ)下総(しもうさ)は千葉、相模(さがみ)は神奈川、武蔵(むさし)は東京都埼玉と神奈川の一部
 

伊奈氏の活躍について

伊奈氏の活躍について
 
 

「伊奈備前守忠次ものがたり」(平成27年発行)

「伊奈備前守忠次ものがたり」(平成27年発行)
 

伊奈備前守忠次公が実施した主な事業

伊奈備前守忠次公が実施した主な事業
  1550 三河国幡豆郡小島(愛知県西尾市)に伊奈忠基の11子忠家の子として生まれる
  1582 家康の小姓衆小栗吉忠の与力に加わり三河に帰参、家康から旧領小島のうち35貫文の地を与えられる
  1589 遠江・三河・駿河・信濃・甲斐の5か国総検地を奉行する
駿河・甲斐の各村に7か条の郷村定書を発する
  1590 小田原の北条市攻めにあたり、東海道中の道路整備や富士川の舟橋を施行、並びに兵粮運送の任にあたる
伊豆国加茂郡などに5か条の郷村定書を発する
武州小室・鴻巣領1万3千石を領知する
  1591 武州小室の閼伽井坊を倉田明星院に移し跡地に伊奈陣屋を設ける
各地に検地を実施する 併せて寺社領の寄進を奉行する
武州蓮田の平原寺に制札を発する 倉田の閼伽井坊に寺領を与える
  1593 千住の入間川(荒川)に橋を架す
  1594 利根川通りの会野川の締切工事を指揮する
  1596 武蔵国大宮氷川神社の再建を奉行する
  1599 この年後半に備前守の称号に改める
  1600 関ヶ原合戦にあたり小荷駄奉行を勤める
下総国大川戸に陣屋御殿を設ける
  1601 関ヶ原合戦後の所領配置に伴い家康御家人等の知行書立を奉行する
武蔵国二郷半領円明院や同僚戸張氏等に新田開発の定書を発する
  1602 武州大里郡河原明戸村の荒川から用水を引き入れ奈良堰を設ける
  1604 大宮氷川神社領200石加増の差添書を発する
武州児玉郡仁手村の烏川から水を引き入れ備前渠を開発する
遠江国・駿河国・三河国総検地を奉行する
  1605 江戸城普請の御手伝奉行を勤める 上野国総社領から代官掘を開削させる
  1606 武蔵国二郷半領戸ヶ崎等に開発手形を発する
  1608 武蔵国越ヶ谷郷の会田氏や葛西領宇田川氏に屋敷地授与の証文を与える
尾張国の総検地を奉行する
  1609 武蔵国妻沼善ヶ島等の地を検地する 尾張・美濃国境の木曽川東岸に御囲堤を築く
  1610 病没鴻巣勝願寺に葬られる
  慶長年間 荒川通り足立郡加納村に備前堤を築き綾瀬川への通水を調整する
   
伊奈備前守忠次友の会
 
 
 
 
 
伊奈町観光協会では「伊奈備前守忠次友の会」の会員を募集しています。
 友の会は、平成23年に発足し忠次公の功績を顕彰するとともにその功績を広く啓蒙することを目的に、忠次ゆかりの地を巡るバスツアーをはじめ各種事業を展開しています。現在会員は120名を超え、伊奈町内はもとより上尾市・さいたま市・遠くは草加市・川口市からも入会されています。
 この機会に是非、江戸時代徳川家康の側近で敏腕を奮わせた、関東郡代伊奈備前守忠次公の功績にふれてみてはいかがですか?
入会申込書は下記よりダウンロードしていただけます
 
   
忠次友の会入会申込書 ( 2015-06-25 ・ 32KB )
   
お問い合わせ
 
伊奈備前守忠次友の会(伊奈町観光協会)

住所
〒362-0806
埼玉県北足立郡伊奈町小室9454-1

TEL:048-724-1055
FAX:048-724-1056
<<伊奈町観光協会>> 〒362-0806 埼玉県北足立郡伊奈町小室9454-1 TEL:048-724-1055 FAX:048-724-1056